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 扇町創造村(OCV:Ogimachi Creative Village)】構想について
扇町創造村構想資料 2
【扇町創造村 趣意書】
        塩沢由典


1.はじめに

 扇町創造村(仮称)は、芸術などの創造関連ビジネスを育てる地域インキュベータを生み出す実験的運動である。

 今後の社会で機能するインキュベータを設計するには、インキュベータの概念自身を従来のものから拡大して考えなければならない。
 概念の拡大は、まずその機能すべき領域にある。芸術など創造を職業とする第4次産業・第5次産業のインキュベーションは、これまで日本ではあまり多くは考えられてこなかった。しかし、ラルカカ博士の紹介するように、広義の芸術系インキュベータは、世界的にはすでに重要なカテゴリーであり、大阪・関西の新産業育成を考えるとき、ひとつのキーポイントと考えなければならない。

 概念の拡大の第2は、インキュベーションの様式そのものにある。特定の施設をもつインキュベーションも重要であるが、地域にとって一番重要なことはその地域が全体としてつよいインキュベーション機能をもつことである。その観点からいうと、ひとつのインキュベーション施設の効率的運用という課題のほかに、ある地域が全体としてもちインキュベーション機能に着目し、その機能の強化・発展を考えることも重要である。

 この地域は、たんに芸術活動・創造活動が盛んである状態にとどまることはできない。大阪・関西ほどの規模をもつメガ・ビジネス都市を支えていくためには、ここに世界の先端を行く新しい芸術・思想・生活スタイルなどか展開されていなければならない。言い換えれば、この地域は、世界の芸術活動において新しい傾向を作りだせる地域・街でなければならない。ひとたびそういうことに成功すれば、全国あるいは世界から創造的な若者が集まってくるであろう。そうなれば、この地域には、良い循環がうまれる。創造的な人材に注目される街だから、創造的な人間が集まる。創造的な人材が集まるから、世界先端をいく新しい傾向が次々と生み出される。そうなれば、世界からの注目度もあがり、ますますその良い循環は強化されていくに違いない。

 大阪市北区には、このような良い循環を生み出せる高い潜在力がある。しかし、現在のところ、それを導くグランド・デザインが明確となっていない。以下では、具体的に地域の運動を作りだすところから初めて、最後には、この運動がもっている(あるいは、もつべき)将来像およびそこにいたる工程について説明する。


2.扇町創造村構想の概略

 まず、扇町創造村(仮称)構想の概略を説明する。

(1)名称
 「扇町創造村」という名称は仮のものであり、運動の関係者の相違により決定されるべきものである。地域の総称として扇町が小さすぎるなら、「天満創造村」といった名称も可能である。
 この一帯は、江戸時代には北組・南組とならぶ大阪三郷のひとつ、天満組があったところである。現在、都心となっている外曽根崎新地は、18世紀の新開地であり、天満組に属していた。北大阪とか、大阪北といった地名も考えられるが、大阪はすで大きすぎる地域名であり、地域に根ざした運動という意味では、扇町か天満あたりの地名を関するのがふさわしい。
 本章では、以下、「扇町創造村」という名称を用いるが、これはあくまでも仮称であり、実際の立ち上げ当っては、他の名前が採用される可能性がある。

(2)地域
 東を天神橋筋、西を梅田・中津を結ぶ線、南を大川・堂島川、北を中津から天神橋筋6丁目にいたる線で囲まれるほぼ4角形の地域を想定する(付録地図「大阪北区」参照)。扇町はこの地域のぼ中心に位置する。西天満・東天満、中崎町や南森町が入る。のちに言及される老松通りは西天満の一部にあたる。、
 もちろん、地理的に厳密な線引きをする必要はない。どこに位置しようと、芸術村の参加者・参加地域であると考え手もらえるならば、参加は自由でよいであろう。

(3)期待できる参加者・組織
 多様な個人・団体の緩やかなネットワークとして組織する。
 中心となるべきは、個人事業者として活躍するアーティスト、ミュージシャン、クリエータ、デザイナー、俳優・女優、声優、映像作家、アニメ作家などであるが、初期にはインキュベータや大学などの組織がサポート役とプロモータ役とを負担する。
 以下のような多様な個人・団体がそれぞれ立場から参加する。

 (1)運動に賛同する個人、SOHO
 アーティスト、アートディレクタ、クリエータ、デザイナー、ミュージシャン、俳優・女優、声優、映像作家、アニメ作家など創造的な職業に従事する人々
 実際に創造活動を行なう人々であり、多数のこのように個人の積極的な参加なくして、芸術運動は起せない。創造村の中核となる人々である。

 (2)インキュベータと広義シンクタンク。
 メビック扇町、ピエロ・ハーバー、など広義の芸術系インキュべータ。
 公設であると民間であるとを問わず、この地域に立地するインキュベータやアートなどのプロモーション機関・団体。クリエータたちに場所と機会を与え、事業としての創造活動を支援する。

 (3)大学・専門学校など
 宝塚造形芸術大梅田サテライト、デジタルハリウッド、大阪総合デザイン専門学校、ECCグループ、HALコンピュータ学院、WAOグループ、代々木アニメーション学院、西沢学院、など。
 各種クリエータ、デザイナーを養成し送りだしている。

 (4)大学院・シンクタンクなど
 宝塚造形芸術大専門職大学院デザイン経営研究科、大阪市立大学大学院創造都市研究科、(財)関西情報・産業活性化センター 、大阪ガス文化エネルギー研究所など。
 この地域のプロモーションと長期戦略を調査・立案し、運動の意義の経済的効果などを社会に認識させる。

 (5)マスメディア
 地域内部:読売新聞、読売TV、毎日放送、毎日新聞、産経新聞など。
 外縁部:朝日放送、朝日新聞、日経新聞、日本工業新聞、大阪TVなど。
 これら各社に企業としての参加と協力を求めるとともにに、記者やTVディレクタ、編集者などに個人としての参加を求める。この運動の意義と使命とを理解してもらい、新聞やテレビ、雑誌など自己の媒体をとおして自由な取材の成果を発信してもらう。

 (6)協力者・協力店
 地域のイベントホール、画廊、レストラン、ホテル、公的施設、など。
 扇町創造村の名前を冠するさまざまなイベントなどチラシなどをおいてもらう。創造村のマップなどを販売してもらう。

 (6)公的機関、経済団体など
 キッズプラザ、地域の芸術系高等学校、賛同される小中学校。大阪市、大阪府、大阪商工会議所、大阪青年会議所、など。
 公的・半公的性格を生かし、芸術などの活動の拠点作りや裾野の拡大に貢献してもらう。

(4)なにを目指すのか
 すでに自然発生的に存在する動きにまとまったコンセプトを与え、芸術村の内外の人々の認識を変える。共同の運動を盛り上げることにより、ある種のメッカとしての地位と注目度とを形成する。
 人々が扇町創造村には時代の先端を切る動きがあり、それを支える創造者たちが多数集まっていることに気づけば、芸術村の外からもしごとの注文が入るようになる。芸術村内部で行なわれるイベントなどへの集客力も高まる。大阪・関西の活性化のために、この運動のもつ大きな意義を説明し、企業等から発注増・実験的登用を呼びかける。
 これらの運動により、この地域で活動する芸術家・クリエータ・編集者などに新しい仕事の機会を作りだす。新しい仕事機会は、新しい傾向を生み、創造者たちにとっても、刺激的な街になる。また創造者たちに仕事機会があるようになれば、新人の活躍する機会も増える。
 マスメディアなどの協力を得て、意図して新人の紹介と発掘につとめる。この地域が才能ある若者の登竜門となるようにみなで盛り立てる。
 創作にたいし、すぐに批評と評価とが行なわれる短く早い情報のサイクルを作りだす。それは、芸術村に新しい傾向を増幅させ、そこにつねに先端をいく活動が生まれる。
 このような状況を作りだすことは、すぐれて思想的な活動とならざるをえない。美術評論家のみならず、美の新しいあり方、新しい生活スタイルに対する高い感受性をもった理論家と創造者とそれらを享受する人々の三者の緊密な関係が必要である。芸術村運動は、その必要を人々に訴え、協力する。

(5)必要性と重要性
 21世紀においては、個人の創造活動を中心とする第4次・第5次ともいうべき産業が大きな割合を占めることはすでに第1章で言及した。大阪は、商業の街から工業の町へと発展してきたが、現在は産業構造の大きな転換点にある。大阪・関西の将来を考えるとき、この大きな転換を見据えて、時代の流れを先導するよう政策方向を定めなければならない。
 従来の産業政策・経済政策は、旧来型産業を再活性化させようとするものであった。そのような政策は不必要ではないが、大阪・関西の持続的な発展を図るためには、このような後ろ向きの政策では不十分である。今後伸びるであろう産業を強化し、世界における都市競争において尊敬される地位を確立できるだけの、先導性・戦略性をもつものでなければならない。
 芸術などの創造活動は、将来の人間の職業活動の重要部分を占めると予想される。扇町創造村運動は、このような必要に答える大阪における最初の取り組みとなる。扇町創造村は、今後の大阪・関西の産業転換の先導役となりうる。経済の持続可能な発展のためには、大阪がこのような運動の中心を意識的に作りだすことがぜひとも必要である。
 これは産業構造転換のモデルケースを与えるものであり、それが成功するかどうかは、大阪の経済発展に重大な意義を持っている。

(6)実現可能性と実効性
 扇町創造村のに相当する地域には、次の第3節で説明するように、すでに自然発生的に創造活動を専門職業とする多数の人々を抱えている。この地域は、芸術やエンタテイメントなどの方面において、大阪でも1・2を争う集積を見せている。しかし、それらは自然発生的なもので、全体をコーディネートしたり、ショウアップする機能を欠いている。また、これらの基盤を生かして、大きな運動として盛り上げていく戦略計画をももっていない。
 創造的な仕事は、単独では評価されにくい。扇町創造村というコンセプトを与えることにより、おおくの創造活動に大きな目標を与えることができる。そのようなものがないかぎり、大阪は創造者にとって魅力ある街ではなくなる。芸術村は、いったん成功すれば、魅力が人を呼び、それかさらに魅力的な街づくりをもたらすという自己強化型の過程に入りうる。初期の立ち上げには多大の努力が必要であるが、軌道に載った後には自然発生的な展開が期待される。

(7)期待される効果
 効果としては短期・長期にさまざまなことが期待される。その主なものを箇条書きにまとめると以下のものなどとなる。
 (1)芸術村から先端的なモードやライフスタイルが発信されるようになる。
 (2)全国から若いクリエータなどが集まる町となることが期待できる。
 (3)ここで生まれる新しい傾向がアジアや世界に発信される基盤ともなる。
 (4)この地域が第4次産業・第5次産業の自然発生する地域となる。
 (5)芸術を含めた新しい思想運動の震源地となる。


3.地域の現状の分析

 地域のインキュベーション機能を強化するといっても、素地のないところに第4次産業・第5次産業を創出することは容易ではない。扇町創造村(仮称)には、以下で検討する多くの観点からこれら産業の中心的担い手となりうる人々が集まっている。ひとつのコンセプを与えれば、自己増殖的に展開していくことが考えられる。(2)

 (1)芸術系のインキュべータ
 クリエータ系インキュベータ「メビック扇町」が2003年4月からか開設され、すでに多彩な支援活動がなされている。このインキュベータは、たんに事務所を貸すだけでなく、クリエータおよびその予備軍に事業家として必要な資質を身につけさせるセミナーを開催するなど、こんご芸術村の中核的役割をはたしていくと期待できる。
 2004年9月には、中津に「ピエロハーバー」が開設予定である。これは、ガード下の高い天井のある空間を一定期間借り切ることにより、各種のイベントや展覧会などができる民間の「芸術村」である。総合芸術としての演劇を中心におき、役者や演出家・裏方などかその能力を生かした事業の開発を目指している。
 2004年4月から、宝塚造形芸術大学梅田サテライトに専門職大学院デザイン経営研究科が開設される。これは、第一義には教育機関であるが、各種のデザイン活動を事業として経営する知識・能力の形成を目指しており、すぐれたインキュベーション機能をもつものと期待される。

 (2)人材の育成
 宝塚造形芸術大学大学院梅田サテライが2003年に開設され、ブランドコミュニケーションデザイン、ビジュアルアート、ファッションアート、商品企画、環境デザイン、映像造形デザイン、伝統芸術など多様な領域で社会人に対する修士課程教育が行なわれている。
 2003年に認められた大阪市の人材育成特区の一環として、デジタル・ハリウッドが大阪にも大学院課程を開設する予定である。たんなる技能形成にとどまらず、グラフィックスを活用した事業展開を目指す人材育成に貢献するものと思われる。
 このほか、扇町計術村周辺には芸術系、グラフィック系の専門学校が多数立地している。北区全体では、その数は12校を数える。そこで勉学する学生の実数はつかめないが、相当数の若者がアートやデザイン、クリエーションを将来の職業にしようと学んでおり、街の雰囲気を変える効果をもつとともに、将来の創造活動の担い手として成長することが期待できる。
 21世紀の創造活動においては、コンピュータ利用による表現の比重が増大すると予想される。北区には、この方面でも、大きな蓄積をもっている。大阪市の専修学校は全部で322を数えるが、その31パーセントに当る100校が北区に立地している。この多くの学校におえいて、コンピュータ関連の技術が教えられている。とくにコンピュータを中心とする専門学校が基本的に分類される「工業専修学校」のカテゴリーでは、大阪全市38校のうち15校、39パーセントが北区内に集積している。
 人材育成について重要なことは、関西は従来も人材育成では高い成果を示してきたが、大阪・関西において活躍の場がないため、東京・横浜などに人材が流出するということを繰り返してきた。扇町創造村は、これらの若者を大阪に引き止めるものとならなければならない。

 (3)豊富な「創造人」たち
 西天満・東天満などにはデザイナー等の事務所も多く、天満・天神地区には、自宅兼アトリエをもつクリエータも多い。グラフィック・デザイナを含むデザイナの大阪市内の分布を調べてみると、市内全体で1034の事務所が検索できる。行政区別では、このうち中央区が305を占め、数としては一番多いが、街区の分布を調べると南船場に58事務所を数える以外、広く分散している。 
 これに対し、北区には251の事務所があり、天神橋(53)、西天満(26)、東天満(26)、天満(26)などと天満・天神地区に集中している。この傾向は、商業写真についても同様である。全市575事務所のうち、北区には中央区の122を抜く144事務所が立地し、それも天満(28)、天神橋(18)、中津(15)、南森町(12)と芸術村地域に集中している。
 そのほかにも、この地域には、各種の芸術系・コンテンツ系の業種が多数立地している。たとえば、書画・骨董(西天満、38店)、画廊(西天満、42)、カタログ印刷(天満・東天満・西天満計24)、情報誌出版社(梅田16、豊崎13)、出版社(西天満22)、広告代理業(西天満86、堂島71、梅田67、角田町48、天神橋48など)、新聞社(梅田49)、映像ソフト制作(西天満20)、映画制作、配給(西天満20)、劇場(茶屋町13)、劇団(西天満4)、芸能プロダクション(天神橋14、西天満11)などと各種の業種にわたり高い集積を示している。
 このような集積を反映して、アルック社発行の『天満人』は、創刊号・第2号ともに1万部以上の売れ行きを見せているという。1500円という安くない価格、狭い地域に話題を絞っていること、かならずしも若者向けに作られていないことなどを考慮すれば、これは驚異的な数字であり、天満・天神地域(つまり扇町創造村とほぼ重なる地域)における知的活動に関心をもつ人たちの高密度な集積を示している。


 (4)大阪市全体にたいする重み
 扇町創造村と大阪市北区とは、一部地域を除いてほぼ一致する。そこで、各種活動について、大阪市全体に対する北区の重みを調べてみよう。詳細に調べてみても、多くは扇町創造村の想定地域内にリ土しており、扇町創造村の潜在的可能性の大きさを示している。
 1)デザイン関係
 数の大きなグラフィックデザインとその他デザインについて調べた。大阪市全体で「グラフィックデザイン」の事務所が1034あるが、そのうち北区には251事務所、24パーセントが集積している。「その他デザイン」は全市で538事業所、うち北区は120事業所、22パーセントを占めている。「インダストリアルデザイン」の集積度は、全市88のうち北区は13事業所15パーセントと比重が下がる。
 デザイン関係で北区に決定的に欠けているとおもわれる活動はファッションデザインである。全市で147事業所の大部分は中央区と西区に集中しており、北区には6事業所4パーセントしか立地していない。

 2)絵画関係
 絵画商・画廊などでも北区は高い集積率をもっている。「絵画商」116人のうち、北区に31人27パーセント、「画廊」が全市236件あるうち北区に82件35パーセントが立地している。地域的には、西天満の42件が圧倒的に多いが、近年、梅田や茶屋町方面にも新規に開店する画廊が増えている。「書画、骨董品店」では、全市200件のうち北区は64件32パーセントを占めている。これは中央区の41件より50パーセント以上も多い。
 現在、一番大きな集積となっている西天満は、その中でもかつて老松町といわれた地域に集積している。老松通りは骨董店と画廊がたちならぶ通りをなしており、うまくショウアップすれば、大阪の観光スポットになりうると思われる。

 3)広告宣伝
 クリエータの仕事の重要部分を占める広告宣伝関係でも、北区は高い集積率を示している。
 まず、「広告代理業」では、全市1649件のうち北区に661件、全体の40パーセントが北区に集積している。とくに西天満(86件)、堂島(71件)、梅田(67件)などに高い集積がある。
 広告代理業は、広告の製作に関しては発注者側に立つであろうが、「広告制作」についても北区は高い集積率を示している。全市874件のうち、北区に310件が立地しており、35パーセントを締めている。西天満(52件)、天神橋(42件)、天満(32件)など、広告代理業と比べると、やや東に重心が移っている。家賃などを考えれば当然の傾向である。広告制作に関連の深い「商業写真」においても、北区には全市574件の4分の1、144件が立地している。
 制作の重要過程である印刷についても、北区は「カタログ印刷」で52件20パーセント、「製版」で50件12パーントが立地している。これにたいし、「美術印刷」では北区は8件6パーセントを数えるに過ぎない。製版や美術印刷では、東成区が高い集積を示している。

 4)出版・新聞
 大阪は、日本の第2都市といいながら、出版・編集機能が東京にくらべてきわめて弱く、大阪・関西が頭脳機能を発揮できない要因のひとつとなっている。3つの全国紙(朝日・毎日・産経)の発祥の地として、新聞では大阪は西日本の情報の発受信のセンタとなりえているが、有料で販売される雑誌などでは東京の100分の1の重みも持ちえていない。そのような状況を前提とした上ではあるが、北区には新聞・出版などが高い比率で出席している。
 「新聞社」は、全市326社のうち北区に161社49パーセントが立地している。この多くは、新聞の発行母体ではなく、地方紙や業界紙の大阪事務所であろう。そのような限界はあっても、大阪の動きを取材して記事にしようとする構えはあるわけで、大阪におもしろい動きが生まれれば、全国に紹介される確率は他の大都市に比べれば高いというべきだろう。
 「出版社」も、全市412件のうち、北区には131件32パーセント(つまり約3分の1)が集積している。これも実態をよく掴まなければならず、この中のかなりの部分は編集機能を持たない営業事務所の可能性がある。しかし、他方では、「情報出版社」全94件のうち北区には45件48パーセントが立地しており、地域情報の収集・発信については、北区は比較優位の立場にある。

 5)映像・コンテンツ関係
 大阪市が多数株主として参加するユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)開設準備に当って、その周辺地域に映像産業を集積したいという計画があった。毎日放送の制作部門がUSJ内にサテライトを設けたほか、いくつかの試みがあったが大きな動きにはなっていない。しかし、21世紀の産業として映像・コンテンツ制作が重要であることは間違いない。
 大阪・京都には、ゲーム関係の映像・コンテンツ制作の比較的高い集積がある。これらとテレビ番組などを含めて、映像産業を上手くそだてられるかどうかは、大阪にとって、そして扇町創造村にとって重要な分岐点となろう。この方面でも、北区には高い集積があり、うまく誘導すればUSJ周辺よりもダイナミックに展開する可能性がある。
 「映像ソフト制作」では、大阪全市に291件の事業所があるうち北区に117件40パーセントが集中している。とくに西天満に20件の集積がある。「テレビ番組企画・制作」では、全市70件のうち北区に46件、じつに3分の2が集中している。
 制作者たちにとっては、作品をお金に換える機会がもてることが重要である。映像・コンテンツの企画・配給といったカテゴリーは見当たらないが、「映画制作、配給」では全市93件のうち北区に58件62パーセントが集中しており、映像・コンテンツ関係でも同様の集積が生まれる可能性がある。

 6)演劇・劇団・芸能プロダクション関係
 役者や演出家、技術スタッフが厚いかどうかは、コンテンツ制作の重要な基盤である。「芸能プロダクション」では、全市280事業所のうち、119事業所43パーセントが北区に立地している。「劇団」は全市52劇団のうち、北区には9劇団17パーセントがあるのみで、集積率はとくには高くない。劇団の多くは、運営経費の捻出に苦労しており、練習その他には家賃の安い地域に分散しているものと推定される。

 7)音楽関係
 FM802などの活躍により、大阪は新しいミュージシャンを発掘・プロモートする力を持っている。FM802のヘビーローテイションによって人気が爆発し、全国的に活躍しているミュージシャンには、槙原敬之、山崎まさよし、スガシカオ、aiko、花*花、矢井田瞳、ラヴ・サイケデリコなど多数に上る。これらのミューシャンたちが大阪を本拠に活躍でる環境を作りだすことができれば、ミュージシャンを目指す若者たちはこぞって大阪に集まってくるだろう。扇町創造村は、この方面でどのような貢献ができるであろうか。FM802は心斎橋に立地しているが、芸術村には毎日放送や朝日放送、読売テレビなどが立地しているが、音楽番組に強いFM局をもっていない。この点を補う工夫が必要であろう。
 「ライブハウス」は、全市64店のうち北区な25店、39パーセントが立地している。直接音楽を楽しむには、北区はやはり都合のよい場所なのであろう。「CD、レコード制作」でも、全市69事務所のうち北区に31事務所、45パーセントが集中している。

 (5)厚い文化資産
 扇町創造村は、江戸時代の天満組にほぼ重なっており、当時からの厚い歴史遺産・文化資産を受け継いでいる。創造的な街は、建物や景観が刺激的であるだけでは不十分であり、そこに住む人々・活躍する人々に語りかける多くの神話が必要である。大阪は、出版活動の低調さもあって、神話形成において、東京はもとより他の大都市にくらべて遅れてきたが、発掘とプロモーションに力を注げば、素材となる歴史事実や文化資産は豊富に存在している。
 北の寺町と呼ばれる同心町・与力町界隈には、緒方洪庵・大塩平八郎・山片番桃の墓などがならんでいる。残念ながら、現在はそれらを拝観することができないが、年忌などを設けて個人をしのぶなどのことは可能であろう。北区は、佐伯祐三の生誕の地であり、中津には森本薫の文学碑などがある。しかし、この地域の文学的遺産のが十分発掘されているとはいいがたい。曽根崎を始めとして、北区には近松浄瑠璃の舞台になった地籍が少なくない。それらを検証して街の神話に仕立てていけば、北区は長い芸術の歴史をもった町となりうると思われる。
 扇町創造村運動の一環として、こうした文化資産・歴史遺産の発掘と検証を市や区役所に働きかけていくことも大切と思われる。



4.扇町創造村(仮称)立ち上げとプロモーション

 「扇町創造村(仮称)」の意義は、現在すでに存在している多様な動きに総括的な名称を与え、それら活動に統一した意味を与えることにある。そうすることにより、この地で活躍する多様な創造人たちが自分たちを再発見し、この町に関わる人々が自分たちの町を再発見することができる。こうした雰囲気が生まれれば、おのずと先端的な創造活動が強化され、外部からの注目度が向上し、仕事機会の発生などよい循環が形成されていく。
 扇町創造村の運動には、具体的な建物とか、公的な組織とかはかならずしも必要がない。重要なのは、むしろ、この運動の意義を理解し、多くの関係者が扇町創造村を真に新しい創造活動が展開される街となるよう、あらゆる機会にこの地域をプロモートすることであろう。
 以下では、いくつかのフェーズに分けて、この運動を展開していく道筋を概観する。これはあくまでも、現在、想定可能な道筋であり、今後の展開によってはその重点や目指すべき方向は当然変わってこなければならないものである。

(1)理解と認知のフェーズ
 扇町創造村構想は、地域ぐるみのインキュベータという新しい概念を提唱するものであり、その意義・目的・可能性などについて、社会の理解を得ることが第1の重要ステップとなる。

 (1)運動の意義付けのフェーズ
 大阪・関西の持続的発展のために、この運動がもつ重要な意義を理解し、共通利益のために協力しあう機運を醸成する。そのため、以下のような具体的な取り組みを行なう。
 1)少人数のグループで、運動の骨格・目標・使命などについて大枠を確認する。
 2)芸術村運動の意義を理解してもらうため、冊子等を編集・発行する。
 3)芸術村運動の担い手となる各分野の指導的人物に、この運動の意義と必要性を説明し参加を呼びかける。
 4)新聞記者・雑誌編集者・テレビティレクタなどに対し、運動の意義と可能性について説明し、理解を得る。
 このフェーズにおいては、宝塚造形芸術大学専門職大学院デザイン経営研究科や大阪市立大学大学院創造都市研究科など、地域内にサテライトをもち、扇町創造村運動の意義と重要性を理解している高等教育機関などが中心になり、現在の状況を調査し、その経済的・社会的意義などを整理して、ひろい範囲の人々に理解を求めることが望ましい。
 また、メビック扇町など、現実にインキュベーションを行っている機関から問題点などを聴取し、今後の連携方法などを探る。

 (2)運動を認知してもらうフェーズ
 北区東部にあたる扇町創造村想定地域において、創造者を含む広範なひとびとに、自分たちの住み、勤務する地域が創造活動の活発な地域であり、ここから全国に発信すべき新しい動きのある地域であることを認識してもらう。そのためには以下のような取り組みが必要となる。
 1)自然発生的に行なわれている創造活動を地域の内外に紹介していく。
 2)扇町創造村の名前を冠したイベントを企画する。
 3)地域内で開催されるさまざまな活動・イベントに「扇町創造村」のロゴをつけてもらうよう呼びかける。
 4)新聞などで個々のイベント・活動を紹介してもらう。
 5)雑誌などで扇町創造村の特集を組んでもらう。
 このような取り組みを効果的に行なうため、クリエータ、ジャーナリスト、運動支援者、協賛者などからなるネットワークを組織する必要がある。
 この組織は、運動の基本精神やロゴの制定を行い、個々のイベント・活動をプロモートすることに努める。クリエータやアーティストたちがこの運動に注目し、この運動の浸透が自分たちの活動の機会を拡大するものであることを理解してもらう。

(2)新しい傾向創出のフェーズ
 扇町創造村運動は、たんに地域の芸術活動を盛んにし、市民の鑑賞機会を増大するためのものではない。この運動の目指すものは、あくまでも扇町を中心とする地域に新しい創造活動を起し、それがこの地域に需要を呼び込み、創造活動を職業として生きていくことのできる基盤を形成することである。そのためには、この地域が世界の中で新しい芸術様式や傾向などを生み出し、深化させることのできる地域としなければならない。それに必要な情報回路を構築し、創造者・需要者・批評家という3者の濃密な緊張関係を作りだす必要がある。そのため、以下のような取り組みを試みる。
 
 (1)「芸術と経済接合」シンポジウム
 芸術活動・創造活動が将来の産業として重要なものであることを広く社会に知ってもらうため、経済界のオピニオン・リーダと芸術活動のオピニオンオン・リーダとの対話と討論の機会を創出する。
 関西には、優れたオピニオン・リーダがそろっており、企画のあり方によっては、関西域外からも注目を集めるものとすることが可能である。たとえば、以下のような組み合わせが考えられる。
 1)大植英二(大阪フィル指揮者)と津田和明(サントリー相談役)
 2)安藤忠男(建築家)と寺田千代乃(アートコーポレーション社長)

 (2)「境界を越える」シンポジウム
 表現様式・立場・主張を超えて、気鋭の人材による相互討論。いま、創造者はなにを考えて表現にとりくんでいるか。表現は、現代社会になを意味するのか。新しい議題を提起し、先端の思想の交流を試みる。
 創造者・編集者・批評家・需要家など多様な組あわせを多様な形で展開する。このシンポジウムは、創造者と需要家、創造者と批評家、需要家と一般市民などを結び合わせることにより、その相互作用の中から新しい傾向を発見・強化していくことを目指す。
 そのためには、創造者とその批評家、また作品を享受するひとたちのあいだに短く速く回転する循環を形成することが必要である。芸術村の住人たちが新しい作品・新しい創作者をつねに話題に載せる習慣を形成する一助とする。

 (3)扇町創造村まつり
 一定期間を設定して、各所でミニ展覧会、実演、ライブ、トークセッション、哲学カフェ、展示即売会、路上パフォーマンスなど多彩に展開する。これは「扇町創造村まつり」と銘打ってあれば、公序良俗に反しない限り、また他の支弁との迷惑にならないかぎり、どんなものでも認められる。まつり実行委員会は、まつりを全体としてもりあげ、登録されたイベントを周知するが、個々のイベント等は個々の組織者の独立採算とする。

 (4)テレビなどでの放送
 上記のシンポジウム、芸術村まつりのイベントなどは、新聞や雑誌で紹介するほか、テレビなどで放送されるもとすることが望ましい。
 媒体はかならずしも地上波テレビである必要はなく、CATVなどでもよい。CATVでも、固定した視聴者を確保することができれば、地域の政策課題について、つねに議論できる場を作りだすことができ、地域の議題設定能力の向上に有力な媒体となる。テレビ100チャンネル時代には、このような顧客獲得は、コンテンツ制作の領域を拡大する効果をももつ。

 (5)エディターズ・ハウス
 市ないし府の施策として、芸術村の中にエディターズ・ハウスを建設する。これは、低層階に出版社用事務所、高層階に社長用の住宅をセットで作り低家賃で貸し出すもので、借用期間は長く10年程度とする。50社程度が入居できる規模のものであることが望ましい。とくに各種ジャンルの雑誌やメールマガジンの発行会社が入ることになれば、競争と協力による集積の効果がでると期待される。
 入居資格としては、古典的な出版社のほか、音楽CDやDVDの編集会社やディジタル美術出版などでもよい。
 現在、北区内にもいつくかの小学校が廃校になっている。そのうちの一校の用地をこのような用途に活用すれば、大阪の弱い出版機能が強化されるばかりか、この地域の多様な芸術活動・創造活動をひろく紹介する役割が強化される。編集者は、新しい話題・議題のよき提案者であり、人材の発掘者でもある。人口に占める編集者の比率が大阪は東京に比べて極端に少ないと考えられ、これが大阪から人材を世に送り出せない原因の一つともなっている。東京都区内に事務所を構えるには、家賃だけでもかなりの必要が掛かる。エディターズ・ハウスを建設して、低賃金で貸すことにすれば、東京から移転する編集者も出でくると考えられる。
 このような施設の建設に掛かる費用は、廃校などを利用すれば、大きな橋を掛けたり、道路工事をしたりするのに比べてはるかに低い費用で、大阪が必要とする産業転換を助けることができる。

(3)大阪から世界に発信するフェーズ
 扇町創造村が社会的に認知され、創造者たちがその村の一員であることに誇りをもつようになれば、ここにおける創造活動・芸術活動は、日本全国はもちろん、アジアや世界の各地から注目されるようになる。そうなれば、遠くからの集客も可能になり、北区の居住人口10万人だけではなく、全国・世界からひとを集められる街として、多様な店舗・サービスが可能になる。

 (1)ファッション・ストリートの創造
 アメリカ村は、ローティーンの憧れの街として全国的な注目を集めている。しかし、ハイティーン以上の多様な人口にとって、大阪市内には注目すべきファッションの街をもっていない。扇町創造村が全国の注目を集めることになれば、特色ある芸術活動の展開される街として、とうぜんそこに住み、働く人々の衣装やライフ・スタイルにも関心が高まる。たとえば、現在の梅田から茶屋町へいたる南北の動線は、現在でもある種の先端性をもっている。ここをもうすこし特色あるファッション・ストリートとするよう、各店舗が共通のターゲットとテーマ性をもって商品の取り揃えをおこなう。
 中津・茶屋町から中崎町・天神橋にいたる東西の動線を新しいライフスタイルを提案するような町として仕立て上げることも考えられる。

 (2)観劇とライブの街
 北ヤードのすぐ隣の茶屋町界隈には、現在も、おおく劇場・ライブハウスなどが立地している。残念ながら芸術村内には、フェニックスホールを除くと、クラシックの演奏に適したホールが少ないが、他の多様な舞台芸術には対応できる蓄積をもっている。
 茶屋町周辺にさらなる劇場・ライブハウス・音楽ホールなどを誘致し、ここを大阪におけるブロードウェイとする。演劇や音楽を楽しむだけでなく、それらを楽しんだあと、よる遅くまで食事をしながら会話を楽しめるようにする。御堂筋の運転時間を深夜2時まで延長するなどのことが実現すれば、大阪の夜の楽しみ方は大きく変わると考えられる。

 (3)楽しい食事の街
 扇町公園から源八橋にいたるとおり(通称「帝国通り」)は、帝国ホテルの開設以来、人の動き方が変わり街としても、大きな変化を遂げた。かつては、コンビにしかなかった通りに現在では、韓国系レストラン・飲み屋を中心として、イタリア料理・フランス料理・中華料理など、多様なレストランが立地するようになっている。
 このような変化は、芸術村の各地で見られる。たとえば、中崎町には、大通りから離れた路地にフランス人シェフの経営するレストランができている。自動車の交通の激しい谷町筋を一本西に入った浮田町と浪花町を分ける南北の通りにも、最近はネパール料理店などいろいろなレストランが並びはじめている。
 食事は、生きていく上でどうしても取らなければならない時間であるとともに、家族やや友人とともに会食すれば楽しい会話の弾む時間でもある。今後、時間の余裕が増えれば増えるほど、楽しい外食の需要が増えるであろう。食はひとつの表現と考えれば、瞬間消費型の芸術の一種であり、扇町創造村にこのような通りが増えることは、芸術村の雰囲気を盛り立てるためにも好ましいことである。

 (4)歩いて回れるブランド・ショップ街
 日本では、有力ホテルがホテル内に有名ブランドを囲い込む習慣があり、そのため街中にブランド・ショップが並びにくい傾向がある。しかし、中央区の長堀通りや北鰻谷通りには、有名ブランドショップが集積するようになった。その理由はよく分からないが、いくつものホテルに小さな店をおくより、大阪に一つ有力店を作る方が出店側にはメリットが大きいという事情があろう。大阪北区には、まだそのようなスポットは存在なしいが、一流ホテルの立地数は、中央区より北区の方が多い。きっかけがあれば北区にも、長堀のようなブランドショップの集積が可能になるかもれしない。

 (5)作品や原画の町・創造現場の見える街
 現在の老松通りは、新御堂筋上高架道の入り口によって西の入り口が入りにくくなっている。その存在をもっとPRし、観光スポットにする努力が必要である。この通りも、住宅マンションが立てられ、ところどころ画廊や骨董品店の店の並びが中断されている。今後、マンションなどを立てるとしても、その一階や二階は画廊やアトリエなどにする工夫が必要であろう。
 現在は規制緩和飲みが唱えられているが、老松通りのような場合には、むしろ逆に規制を掛けて街並みを保存することも考えるべきことであろう。作家の仕事が通りから見えるような作りにすれば、この街に観光客を呼び込む有力な手段になろう。

 (6)シテデザール(芸術家向けアトリエ付きマンション)
 (2)の(5)に触れた「エディターズ・ハウス」同様、これは市ないし府の施策として取り組むべきものである。アトリエ付きの住宅マンションを建設し、安い費用で外国出身の芸術家などに入居してもらう。これも高層マンションにして、最低50人程度の芸術家や創造者が入居できるようにするのが望ましい。
 大阪が芸術活動・創造活動の活発な街であるとの話が広がれば、大阪に住み創作活動に携わりたいという外国人は増えてくるに相違ない。ただ、そのような人に日本の大都市の家賃はきわめて高いものに映る。扇町創造村が世界に知れ渡るためには、英語や中国語を母語として話す人たちが大阪にきて住めるようにすることが大切である。これもマンション一棟分の建設費用ですみ、高速道路の修理・点検などより安価で効果のある施策といえる。

(4)産業熟成と輸出のフェーズ
 扇町創造村に新しいライフスタイルが定着し、世界が大阪の芸術に注目するようになると、観光客を集めるだけでなく、そのライフスタイルや価値観を支える商品やサービスが全国ないし世界に輸出可能なものになる。それは北区の人口をはるかに超える人口を養うものとなるだろう。大阪の産業構造は、現在の第3次産業を中心とするものから、創造活動を中心とする第4次産業・第5次産業が大きな比重を占めるものに転換する。
 現在、日本の創造物で輸出可能なものといえば、アニメやコミック、ゲームソフトなどにほぼ限定されている。映画はかつては輸出可能なものであったが、国内市場の疲弊にともない、映画産業全体が衰退し、一部の独立プロ作品をのぞいて、新しいジャンル・様式を提示できるものはなくなっている。むしろ、長く文化の輸入規制政策を取ってきた韓国において、注目される映画が作られており、最近では日本にも固定したファンを獲得している。
 アニメやコミックは、国民のアニメ好き、コミック好きに助けられて、若い才能ある人々がアニメ制作者・コミック作家を目指した結果である。日本のアニメとコミックとは、アメリカ合衆国やアフランスにない図柄とストーリー展開、コマ割りの大胆さをもっている。これらの独自性を育てたのは、アニメやコミックを鑑賞し、反応してきた多数の視聴者たちである。今後なにが日本の輸出可能なジャンルとなるか、現在から推し量ることはできない。あくまでも、近いところに批評家や鑑賞者たちをもつ街の構造が新しいジャンルの確立を可能にするのである。
 19世紀、浮世絵と呼ばれる多数の版画を日本は世界に輸出した。それは日本絵画の高い技術と江戸時代の成熟した庶民文化の結合であった。19世紀にはこのような庶民文化は西洋ではまだ厚みをもったものではなかった。このような状況の重ね合わせが浮世絵を輸出品としたのである。良く言われているように、その衝撃は印象派の画風にまで影響が出る程度のものであった。扇町創造村運動は、将来の日本の輸出産業を育てるものでまである。


5.運動のユニークな意義

 扇町創造村のような運動は、どの都市のどの地域でも展開できるものではない。各種の創造的職業の厚い蓄積と、作品に対し強い関心と高い鑑賞眼をもつ市民との幸運な結合を必要とする。大阪北区には、そうした結合が現にある。芸術村運動は、ゾル状態にあるこれら諸要素ににがりを放り込み、ゲル状態に変化させることにあたる。
 これはインキュベーションというには、あまりにも遠大な野望と見えるかもしれない。また、町全体をインキュベータとするという考え方がいかにも迂遠なものに見えるかもしれない。しかし、第4次産業・第5次産業の特性を考えるとき、これは実は目的達成にもつとも適切な道なのである。そのような産業を育成するには、個別芸術家・クリエータの努力にのみよることはできない。かれらもひとつの環境の中にいる。あらゆる創造者たちが相互に刺激しあう環境と創作活動を収入に変えるメカニズムとを必要とする。大阪北区は、これを可能にする稀有なチャンスをもっている。扇町創造村運動は、このチャンスを現実化する試みである。
 第4次産業・第5次産業への転換は、いつでもできるではない。第1次産業・第2次産業に就業時間の大部分を割かなければならない状況においては、第4次産業は育つことはできない。いまは、第2次産業はもちろん、情報通信技術の発展によって第3次産業の一部も大きな省力化が可能になりつつある。それは反対の策面からみれば、第1次産業・第2次産業への従事者数が減少することを意味する。古典的な第2次産業と伝統的な第3次産業のみでは、いずれは衰退しなければならない。途上国との競争に負けて衰退する都市では、広範な芸術活動を支えることはできない。
 大阪は、現在、衰退する都市と持続的に発展する都市との分岐点にいる。扇町創造村は、こうした分岐点において大阪を持続的発展の方向に引き込むためのものである。


(脚注)
(1)以下で紹介するように、大阪でもMebic扇町はクリエータのインキュベータであるし、他の都市での取り組みも少数ながらある。金沢の芸術村や横浜の「創造都市」計画などがある。
(2)以下で取り上げられている数値は、Yahoo!電話帳にヒットする事業所数を基礎に計算されている。事業所の規模には差異がありうるが、広義の芸術関連業種では、多く個人ないし数人のクリエータを中心とする事業所形態を取っており、事業所数による比較はほぼ活動規模を示しているものとおもわれる。なお、職業分類などで「」に囲ってあるのは、Yahoo!電話帳の分類カテゴリーであることを示す。

[完]
(関西社会経済研究所報告書参照)

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